オーディオに「チューニング」は必要なのか?
そもそも、オーディオシステムをチューニングする目的とは、一体何なのでしょうか。

では、良いチューニングとは何を意味し、どこからが「やり過ぎ」になるのでしょうか。
ハイファイの世界に足を踏み入れたばかりの方であっても、何十年にもわたってご自身のシステムを追求してきた方であっても、おそらくこの問いに対して、すでに何らかの答えを持っていることでしょう。
そして、その答えは、次に音楽を聴く人の答えとは大きく異なるかもしれません。
しかし、この問いに答えを出そうとする前に、私たちには、さらに根本的な問いについて考えてみる価値があるのではないかと思います。
そもそも、私たちは何をもって「良い音」だと判断しているのでしょうか。
まず考えるべきなのは、「聴覚」です。
ここでいう聴覚とは、耳が音を受け取る生理的な能力を指します。そして、この能力には、人によってかなりの違いがあります。
生まれつき、より広い周波数帯域を聴き取ることができる人もいれば、聴覚そのものが年齢とともに徐々に変化していくこともあります。
これらは、ある程度まで、客観的に捉えることのできる生理的な違いです。
しかし、「何かを聴き取ること」と、「それが良い音なのかどうかを判断すること」は、まったく同じではありません。
後者には、はるかに複雑な要素が関わっています。
私たちが音をどのように理解しているのか。これまでどのような音を聴いてきたのか。どのような音楽的背景を持っているのか。そして、正式な音楽教育を受けてきたかどうか――。
こうしたさまざまな要素が、私たちが耳にした音をどのように解釈し、評価するのかに影響を与えます。
そして、ハイファイに深く関わる人であれば、もう一つ、ほとんど無視することのできない要素があります。
それは、個人の好みです。
温かみや厚みのある音を好む人もいれば、透明感や解像度を求める人もいます。
音場の広がりや音像の定位を重視する人もいれば、低域の重量感、インパクト、そして身体に感じるような実在感に惹かれる人もいます。
だからこそ、あるオーディオシステムが「良い音であるかどうか」をめぐる議論は、簡単に堂々巡りになってしまいます。
私たちは、自分がそもそも異なる「物差し」で音を評価していることに、気づいていないのかもしれません。
そして、ひとたびそうなれば、会話は互いの言葉が相手に届かないまま、それぞれが自分の考えを語り続けるものになってしまいます。
ある人が聴いている音には、その人なりの十分な理由があります。同じように、別の人が異なるように聴いていることにも、また相応の理由があります。
結局のところ、どちらも相手を納得させることができない――。
そんなことも、決して珍しくありません。
Nirvana Audioが生まれる以前、私たち自身もまた、この問いに強く惹かれる一方で、同時に戸惑いを感じていました。
しかし、この数年間、国内外のさまざまな環境で、実際のシステムを用いた継続的なテスト、開発、そして数多くの試聴経験を重ねる中で、私たちは少しずつ、より全体像に近いものが見えてきたように感じています。
そして、ここからさらに興味深い問いが生まれます。
私たちの聴覚も、経験も、好みも、それぞれ異なっている。
それでもなお、ある音が「良い」のか「悪い」のかを判断するための、比較的客観的な基準は存在し得るのでしょうか。
その問いについては、私たちのブログで、さらに考えていきたいと思います。